大阪地方裁判所 平成10年(ワ)10610号 判決 1999年4月23日
原告
竹田貴一
右訴訟代理人弁護士
吉川法生
辻公雄
被告
株式会社タツミ保険サービス
右代表者代表取締役
西田嘉男
右訴訟代理人弁護士
青野秀治
主文
一 被告は、原告に対し、金三八万七一九九円及びこれに対する平成一〇年一〇月一四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一一六万一一九九円及びこれに対する平成一〇年一〇月一四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告を解雇された原告が、被告に対し、未払賃金、解雇予告手当、退職金の支払を求めた事案である。
一 当事者間に争いのない事実等
被告は保険代理業を営む会社である。
原告は、平成七年六月一日から被告に雇用され営業社員として勤務してきた。
被告は、平成一〇年六月九日、原告を解雇した(以下「本件解雇」という)。
被告には賃金規定はない。
二 本件の争点
1 原告に対する未払賃金の有無
2 本件解雇について、原告の責に帰すべき事由があるか
3 原告の被告会社に対する退職金請求権の有無
三 争点に対する当事者の主張
1 争点1(未払賃金)について
(一) 原告
被告の従業員に対する給与は、毎月末日が締切日、翌月一〇日が支給日であった。
原告は、解雇されるまで被告に勤務してきたが、被告は平成一〇年五月分の賃金三〇万五〇〇〇円(手当を含む)及び同年六月分の賃金八万二一九九円(ただし、原告の賃金の固定部分二七万四〇〇〇円のうち、同月一日から九日までの分を日割計算したもの)を支払わない。
よって、右未払賃金の支払いを求める。
(二) 被告
原告の平成一〇年五月分の賃金が三〇万五〇〇〇円でありこれが未払であること、原告の賃金のうち固定部分が二七万四〇〇〇円であること、同年六月分の賃金が未払であることは認める。
原告は、平成九年一〇月頃から出社しようとしなくなった。
2 争点2(原告の帰責事由)について
(一) 原告
被告は、原告に対し、解雇予告手当を支給することなく本件解雇をした。
被告は、原告の責に帰すべき事由に基づいて、本件解雇をしたと主張するが、被告が主張する事実は否認する。
被告は、本件解雇に当たっては、労働基準監督署の除外認定も受けていないし、被告が作成した離職票にも、懲戒解雇とは記載していない。
よって、原告は、被告に対し、予告手当として二七万四〇〇〇円の支払いを求める。
(二) 被告
原告は、平成九年一〇月頃から出社しようとせず、上司から指示されていた日報も作成しなかった。
そのうえ、保険契約の満期忘れ、集金の徒過、客との約束不履行等顧客とのトラブルが絶えなかった。
さらに、被告の顧客であるヤマサン鍍金株式会社(以下「ヤマサン鍍金」という)に対し、自動車保険及び自賠責保険を契約するに当たり、ヤマサン鍍金には被告が代理店として保険契約を締結する旨告げながら、実際には、ヤマサン鍍金の同意なく第三者である山和保険サービスを代理店として保険契約を締結するという保険業法三〇〇条一項一号、八号に違反する行為をした。
そこで、被告は、原告の職務怠慢、会社の信用を著しく傷つける背信行為を理由として、「労働者の責に帰すべき事由」(労基法二〇条一項但書)に基づいて、原告を即時解雇したものであり、被告には、予告手当の支払義務はない。
3 争点3(退職金請求権)について
(一) 原告
被告は、従業員が退職する際、従業員からの請求があれば、現金や物品を退職金として支給してきた。
原告に支払われるべき退職金としては五〇万円が相当である。
よって、原告は、被告に対し、退職金五〇万円の支払を求める。
(二) 被告
原告の退職金が五〇万円であることは否認し、被告に退職金支払義務が存することは争う。
第三当裁判所の判断
一 争点1(未払賃金)について
1 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。
原告は、平成七年六月から、保険の営業社員として被告に勤務しており、保険料の集金、保険契約の新規獲得、契約更新等の業務に従事してきた。
被告の営業社員は、平成九年八月ころまでは割り当てられた地域を単独で担当してきたが、同年九月以降は二名で組んで担当することとなり、原告は、吉田聖博と組んで営業活動を行ってきた。
原告は、父が平成一〇年四月に癌で入院したことから、出勤時刻に遅れがちになることはあったが、欠勤したのは原告の祖母が死亡したとき、原告の父が死亡したとき程度であった。
被告の源泉徴収簿兼賃金台帳によれば、平成一〇年五月分の賃金として総支給額三〇万五〇〇〇円、差引支給額二五万〇五二三円、同年六月分として総支給額九万一五〇〇円、差引支給額九万〇九三〇円が記載されているが、右金員は支払われなかった。
2 右認定の事実によれば、原告が、本件解雇を受けるまで、被告に対し、労務を提供したこと、しかるに、その対価たる平成一〇年五月分の賃金三〇万五〇〇〇円、同年六月分として原告が請求する八万二一九九円を下らない賃金が未払であることが認められるから、右未払賃金とこれに対する遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由がある。
二 争点2(原告の責に帰すべき事由)について
1 証拠(略)によれば以下の事実が認められる。
山本和夫は、以前、被告代表者の地位にあったが、平成九年一二月で退職し、同人の妻を代表者とする山和保険サービスで保険代理業に従事している。
原告は、山本和夫が被告代表者であった平成八年ころから同人が退職するまで、出勤時、車で迎えに行くなどしていた。
被告では、営業社員は、日報を作成して提出するよう指示されていたが、原告は、上司から再三注意を受けていたにもかかわらず、平成九年頃から作成しなくなった。また、原告は、父の入院等のため、遅刻することが少なくなかったが、その際、上司等に連絡しないこともあった。
また、営業社員の通常の契約継続率が約八〇パーセントであるところ、原告の継続率は平成一〇年四月が六一パーセント、五月が四一パーセントとその業績が悪化していた。
被告は、平成一〇年六月九日、原告を解雇したが、右解雇に関しては、その後の調査等で、次のような事実が判明している。
原告は、被告の顧客であるヤマサン鍍金を担当していたが、平成九年一二月ころ、ヤマサン鍍金で使用しなくなっていた自動車の保険契約を無断で解約し、被告から、ヤマサン鍍金に渡すべき解約保険料を預かりながら、これをヤマサン鍍金に交付しなかった。
また、原告は、平成一〇年三月ころ、ヤマサン鍍金から、フォークリフトの自動車保険等の保険契約締結を依頼されて、その契約手続を代行したが、その際、原告は、山和保険サービスの従業員名義の名刺を使用し、その名刺に保険料を受領した旨記載して、これを領収書代りにヤマサン鍍金に交付した。原告は、被告の承諾を受けることなく、かつ、ヤマサン鍍金の同意も得ないで、山和保険サービスが代理したこととして右の保険契約を締結させ、受領した保険料を山和保険サービスに渡した。
さらに、顧客である山本雄三が、平成八年九月に起こした保険事故や平成九年九月に顧客である森和美の保険事故について、保険金請求の手続を怠って放置し、顧客である米田智子の自動車保険契約について保険金の集金を怠り、契約を失効させた。
原告は、平成一〇年一一月から山和保険サービスに雇用され、従業員として稼働している。
2 以上認定事実に対して、
(一) まず、原告は、本人尋問において、ヤマサン鍍金の平成九年一二月の自動車保険の解約は同社代表者山本雄三の依頼に基づくものであり、解約金も同人か或いは同社専務で山本勝久かに渡したと供述している。
しかしながら、(人証略)は、原告解雇直後、ヤマサン鍍金から等級の進んでいる右保険解約を利用して、新たな自動車保険契約を締結したいとの申出があり、営業部長である室田が保険証券等を預かって調べたところ、既に解約の手続きがとられていたことが判明したと証言していて、ヤマサン鍍金では右契約の解約を知らされていなかったことが窺えるし、右証言の加えて証拠(略)によれば、右解約手続においては原告作成にかかる保険証券紛失念書が使用されていること(この点について、原告は、本人尋問で、山本雄三から、勝手にやってくれと言われたと供述するが、到底信用できない)、被告は、平成一〇年八月五日ヤマサン鍍金には改めて解約金を支払ったこと等が認められるのであって、以上に照らすと、右解約が山本雄三の依頼に基づくものである等という原告の右供述は信用できない。
(二) また、原告は、平成一〇年三月の自動車保険等の契約についても、本人尋問で、ヤマサン鍍金の方から、以前の担当者である奥村がいる山和保険サービスを通じて契約したいとの申入れがあり、その意向に従ったにすぎず、山和保険サービスの名刺も、右意向に応じるため急遽作成したものであるなどと供述しているほか、原告作成の陳述書(書証略)にも、同旨を記載している。
しかしながら、原告のいうように、ヤマサン鍍金が、旧知の奥村がいる山和保険サービスを通じて保険契約を締結したいとの意向を持っていたのであれば、原告を経由することなく、直接奥村に依頼すれば足ることであり、原告がわざわざ名刺まで作成して、山和保険サービスを通じての保険契約の代行をしてやる必要は全く存しないし、原告が被告の従業員であることはヤマサン鍍金としては熟知のことであるから、原告が右のような名刺を作成して行ったからといって原告の信用等に何らの消長を来すものではなく、原告の右供述は矛盾に満ちており、到底信用できない。
(三) さらに、原告は、本人尋問で、山本雄三や森和美の保険事故については、同人らが必要な書類等をそろえなかったために保険金請求の手続が遅れたものであるし、米田智子についても、集金に行っても不在であったり、保険金を支払ってくれなかったりして集金できなかったものであるなどと供述しているが、これらについても、(人証略)や同人作成の陳述書(書証略)によると、原告解雇後、山本雄三や森和美の保険事故の処理を室田が引き継いだが、必要書類は既に揃っていて、同人が保険会社と交渉して事後処理をしたこと、米田智子については、被告が保険金を一括立替えして契約等級の継続手続をしたこと(米田に帰責事由があるのであれば、被告が立替払などする必要はない)等が認められ、これらの事情に照らすと、右保険金請求手続の遅れや保険契約失効が顧客の非協力によるものであるかのようにいう原告の右供述もまた信用できない。
他に、右認定を左右するに足る証拠はない。
3 原告は、被告が除外認定を受けていないことや、離職票に懲戒解雇と記載していないことなどを問題としているが、除外認定は行政庁である労働基準監督署による事実の確認手続に過ぎず、即時解雇の不可欠の要件とは解されないし、(人証略)によれば、被告には就業規則が存しないことが認められ、懲戒解雇が普通解雇と分別して予定されていたものではなく、被告が予告手当支払義務を負うか否かは、本件解雇が懲戒解雇か否かではなく、原告に帰責事由があるかどうかによって判断されるべきである。
そこで、このような観点から判断するに、右認定事実によれば、原告には、日報の不作成や遅刻、業績悪化などのほか、保険金請求手続や保険料集金の懈怠などがあって、勤務態度や業績について問題が少なくなかったと認められるが、そのことだけでは、未だ、解雇予告や予告手当の支払を不要とするまでに重大な帰責事由があるとすることはできない。
しかしながら、さらに、原告には、平成九年一二月にヤマサン鍍金の保険契約を無断解約して、その解約金を着服したことや平成一〇年三月のヤマサン鍍金の保険契約の代行に当たって、山和保険サービスを代理人とする保険契約を締結させたことも認められるのであって、これらは重大な背信行為というべきである。とりわけ、原告が、後者の契約代行の際、山和保険サービスの従業員であることを示す名刺を使用していること(前記のとおり、右契約に際して名刺を急遽作成したという原告の供述は不自然であって信用できず、原告がこの名刺を不断に持ち歩いていたものと解される)、原告は山本和夫とかねてから懇意にしており、本件解雇後は山和保険サービスに雇用されて山本和夫らとともに保険代理業務に従事していることなどからすると、原告は、被告在職中であるにもかかわらず、自発的かつ積極的に、被告と競業関係に立つ山和保険サービスの便宜を図ったものと推認できるのであって、原告の背信性は大きく、その行為は悪質というほかない。
これらの諸事情に鑑みると、被告が、原告を即時解雇したことには相当の理由があったと認められ、本件解雇は、原告の責に帰すべき事由に基づいてなされた場合に該当するというべきである。
そうすると、被告には、予告手当の支払義務が存するとは認められず、その支払を求める原告の請求は理由がない。
三 争点3(退職金請求権の有無)について
弁論の全趣旨からして、被告には退職金の支給について定めた規程は存しないものと認められる。
原告は、過去に、退職金またはこれに代わる物品の支給を受けた退職者が存したと主張し、本人尋問で、退職時に自動車とか時計などの支給を受けた退職者が存したと供述する。
しかしながら、原告の右供述によっても、従前の退職者には、一律に物品支給がなされてきたというものではなく、その支給基準も一切不明であって、仮に、退職者に対する物品支給の事実が存したとしても、被告からの恩恵的支給に留まるものというほかない。
そうすると、退職金の支給が原被告間の雇用契約の内容となっていたものとは認められず、原告に退職金請求権が存するとはいい難い。
よって、退職金の支払を求める原告の請求は理由がない。
(裁判官 松尾嘉倫)